羽山信宏のつれづれなる風土産業記 その5

 〜会津・喜多方、水と誇りの街をゆく〜

会津・喜多方へ

2026年4月、風土産業研究所の仲間である小澤さん、武田さんと一緒に会津・喜多方を訪ねた。小澤理事が福島でどれほど深く復興と地域創生に命を吹き込んでいるか、その活動の現場にこの目で触れるための視察である。

郡山から車を走らせて喜多方へ向かう道中、いきなり心を奪われた。峠を越えるときに目に飛び込んできた、まさに満開の桜!磐梯山の麓をぐるりと巡っていくと、表磐梯と裏磐梯でまったく表情の違う荒々しくも美しい自然が代わる代わる現れた。そして目の前にどんと広がる檜原湖の吸い込まれそうなほどの雄大さ。ただ移動しているだけなのに、この土地の持つ圧倒的なエネルギーに早くも圧倒されてしまった。

彌右衛門さんとの出会い

喜多方市に着いてすぐにお会いしたのが、大和川酒蔵の会長であり、会津電力の特別顧問、会津エナジーの代表取締役でもある佐藤彌右衛門さんだ。彌右衛門さんは、私たちが到着するやいなや「まずはここへ行こう」と、“満天テラス”という場所へ連れて行ってくれた。

テラスに立つと言葉を失った。喜多方市の東側にある小高い山麓に位置するその窓からは、会津盆地が文字通り一望できるのだ。西側の正面には喜多方市、目を少し北に向ければ、4月だというのにまだ真っ白な雪をどっさりと抱いた飯豊連峰がそびえ立ち、左を見れば会津若松市の街並みが遠くまで見渡せる。

その絶景を背に、彌右衛門さんが開口一番、こう言った。

「会津は本当に素晴らしいところです」

その声のトーン、表情、みなぎる自信。私は言葉にできないほどの強い感動を覚えた。そしてその発言されたときの姿・景色が脳裏に焼き付いて離れなくなった。自分の故郷に、自分が暮らす地域に、これほどの誇りを持てる人がどれだけいるだろう。これだ、この圧倒的な誇りこそが、彌右衛門さんを突き動かすエネルギーの源なんだと理解した。彌右衛門さんの話は、この素晴らしい会津の「地形と水」へと繋がっていく。「会津は水の豊かなところです。阿賀川・阿賀野川水系があり、さらに東には猪苗代湖がある。そしてね、猪苗代湖と、いま目の前に見えている会津盆地には、実に280メートル以上もの標高差があるんですよ。この落差は、ものすごいエネルギーを生むのです」

そう熱弁する彌右衛門さんの言葉を聞きながら、さっき車窓から眺めてきた景色と、いま目の前に広がる大パノラマをもう一度思い返した。「なるほど、その通りだ……!」と、身体の芯から納得がいくような感覚だった。

会津・喜多方の挑戦

壮大な挑戦のきっかけは、あの福島第一原子力発電所の事故だったという 。「もう一度、自分たちの福島、そして会津のエネルギーのあり方を根底から考え直さなきゃいけない」、そこからすべてが始まった 。 地元で泥臭くシンポジウムや勉強会を何度も何度も繰り返し、ただの理念ではなく「会津の水」を本気で地域発展と活性化のブースターにするための活動へ泥臭く発展させていったのだ。その執念が形になり、彌右衛門さんが中心となって2013年に会津電力を、2020年には会津エナジーを設立し、今日まで引っ張ってきた。

「地元の皆さんにこの水の大切さを理解してもらい、もっともっと活動の輪を広げたい」と、次のシンポジウムの仕込みもすでに始まっているそうだ。会津の自然、そして財産である「水」に感謝し、それを地域の未来に直結させるために活動してきた軌跡。その生きた言葉を直接聴かせていただき、私自身、胸が熱くなると同時に、これ以上ない学びの機会をいただいたと感謝の念でいっぱいになった 。

……と、真面目な話はここまで(笑)。

美味しいお酒を酌み交わし

その夜は、お楽しみの大和川酒蔵さんの最高に美味いお酒を囲む時間だ 。彌右衛門さんはもちろん、大和川酒蔵の皆さん、会津電力の磯部さん、プロジェクト会津の中山さんも交えて、車座になって盃を酌み交わした 。会津の極上の銘酒のおかげで、心の壁なんて一瞬で溶けてしまい、笑いと熱い議論が絶えない、本当に楽しい、最高のひと時を過ごすことができた 。

最後になりますが、今回の訪問で家族のように温かく迎え、お世話してくださった彌右衛門さんをはじめ、出会ったすべての皆さんに心からの感謝を捧げて、この筆をおくことにします。

会津、本当に素晴らしいところでした!ぜひ、風土産業研究所として何かご一緒させていただきたいと思います

以上