3.2納得できる腹に落ちした目標――「改善」から脱却と「本質」への飛躍へ
私はマツダに入社して以来、約35年にわたってエンジンの性能開発に心血を注いできた。そのうちの25年間、私が信じて疑わなかったエンジニアの使命とは、掲げられた定量的な目標値を一つひとつ着実にクリアしていくことだった。
「燃費を従来モデルより5%改善せよ」「最高出力を10馬力向上させろ」
当時の自動車業界において、これらは絶対的な「正解」だった。日本のエンジニアたちは、この愚直なまでの改善努力を積み重ねることで、日本の自動車技術を性能、信頼性、品質のすべてにおいて世界一の座へと押し上げた。そのたゆまぬ努力には、今も心から敬意を表したい。
しかし、戦後から50年以上も続いてきたこの「改善」のサイクルは、ある壁に突き当たっていた。
技術には、成熟度を示す「成長曲線」がある。従来のやり方の延長線上では、すでに改善の余白はほとんど残されていない。いわば、乾いた雑巾をさらに絞るような状況だ。それでもなお、多くのエンジニアがかつての成功体験に縛られ、従来の思考回路から抜け出せずにいた。
そこで私は、SKYACTIV ENGINEの開発にあたり、これまでの「目標」のあり方を根底から見直すことにした。

武田,羽山,岡,山崎:「エンジニアとしての考え方と共育の考え方を重ね合わせ新しいワクワク基盤を創ることへの挑戦」,日本機械学会年次フォーム2022,2022年9月
私たちが立ち戻ったのは、性能値の改善という「結果」ではなく、エンジンという機械の「原理原則」だった。
エンジンとは本来、空気と燃料という「化学エネルギー」を取り込み、燃焼によって「熱エネルギー」に変え、それをピストンの上下運動という「運動エネルギー」へと変換する装置である。ならば、理想のエンジン、すなわち「世界一のエンジン」とは、このエネルギー変換の効率を、物理的な限界(理想状態)まで限りなく近づけたもののことではないか。
この仮説に基づき、私たちは性能項目を追うのをやめ、「エネルギー変換率」そのものに焦点を絞った。何がエネルギーの損失を招いているのか、その阻害要因を解明し、コントロールする。これこそが、真の技術開発だと定義したのである。
当初、現場のエンジニアたちには戸惑いもあった。これまでは改善アイデアを出し、試作しては実験するという「手」を動かす開発が主流だったからだ。目に見えないエンジン内部の現象を解析し、数式やモデルとして組み立てるというアプローチは、あまりに抽象的に見えたのだろう。
しかし、いざ手を付けてみると、現場の空気は一変した。 これまでブラックボックスだった現象が次々と可視化され、理論が裏付けられていく。そのプロセスは、エンジニアたちが忘れていた「未知を解き明かす」という技術開発本来の楽しさ、そして喜びを呼び覚ました。
「自分たちは今、成長曲線のどの地点にいて、次にどの山に登るべきか」
現状を客観的に見つめ直し、物理的な本質に基づいた共通の目標を持てたこと。それが、単なる「改善」を超えて、新たな地平へと踏み出す大きな一歩となったのである。
